桜井様
市民センターでは大変お世話になりました。初めの1ヶ月間で桜井さんから学んだことは、今日に至るまで、いつも羅針盤の役目を果たしてくれました。
余計なことはしない。必要とされていることのみを行う
避難民、避難所スタッフに迷惑をかけない
この2点をしっかり守り、5ヶ月間毎週通い続け、避難所解散の日を迎えることができました。これまでの5ヶ月を振り返り、文章にまとめてみました。稚拙な文章でお恥ずかしい限りですが、ご一読頂ければ幸甚です。
-----------------------------------------------------------------------
市民センターに初めて足を踏み入れた日、「掃除していいですか」と桜井さんに尋ねると、「余計なことはしなくていいの。ここでは自分達で決めてやってるの。」と教えて頂きました。他の避難所なら喜ばれるかもしれませんが、市民センターではただの迷惑でしかありません。その後の数ヶ月間、善意いっぱいの支援が迷惑になっている様子を残念ながら多く見てきました。各避難所、各個人で求められる支援は異なるという大原則を痛感しました。しかし、善意いっぱいで遠くから来る支援者にNOを言うのは労力を要するので、笑顔で「有難うございます。」と言っておくほうが楽ということも学びました。善意いっぱいの私は避難民に何が足りないのか聞いてまわりましたが、初めて見た人間に「○○が欲しい」という方は一人もいませんでした。桜井さんにきいても「全部」との回答しか返ってこず、結局桜井さんのメモをみつけ、そのリストの物資を購入しました。
さて、物資を購入した私は、意気揚々と搬入し、さぞや感謝されるだろうと期待しました。しかし、桜井さんは「事務所に持っていって。事務所の人が配るから。」とおっしゃいました。直接渡せず少し残念だったことを覚えています。当時の私は、物資を購入した見返りとして、感謝を期待していました。また、この段階では皆のことを「市民センターに避難している被災者」と大きなくくりでしか見ておらず、ある意味彼らは一人の人間では無く、可哀相な支援の対象でしかありませんでした。訪問回数を重ねるにつれて、<被災者>が「○○さん」となっていき、個々人のことを知っていくにつれて、自分の考え方と行動が変わっていきました。
桜井さんのメモを元に、自転車やシャベル、長靴等、皆で使える物資を運び入れました。この時は、複数の方が私にお金を振り込んでくれました。寄付者への報告のために、その物資を"被災者"が手に持って微笑んでいる写真を撮ることを多くの人が考えると思います。しかし、既に○○さん、と被災者が個人になっていたため、「すみませーん、写真撮っていいですか?」ということは私にはできませんでした。確かに、写真を撮って支援者が喜べば、もう一度お金を振り込んでくれるかもしれませんが、私には<被災者>にほんの僅かでも嫌な想いをさせるリスクをとらない、ことのほうがプライオリティが高かったのです。この判断は間違っていなかったと自負していますが、如何でしょうか。
5月に市民センターのK家族と宮戸の子供祭りに遊びに行った時、5歳のYと一緒に歩いている私は母親のようにみえたようで、四方八方から「お母さーん、これ持っていってー。無料ですー。」と呼びかけられました。見下された気分になりました。皆、善意で様々な物資を配っているのは、自分もそうだったため、よくわかります。しかし、経済的に自立している自分にとって、無料で「はいどうぞー」と様々な物資を渡されるのは苦痛でした。<被災者>のほとんどが震災前は自立した生活を送っていたはずです。数ヶ月もの間こんな毎日だったら、と想像すると胸が痛みます。物資を配ると「ありがとう」を言わない方が多くいらっしゃいましたが、それは「物資はもらって当たり前」という理由を自分の中で持たないと、精神的にもたなかったからだと、いまは思います。この祭りの後、何かを誰かにあげたい時は、「避難所卒業祝い」や「暑中見舞い」など、何かしら理由をつけ、包装し、ギフトとしてこっそり陰で渡すことにしました。手間もかかりますし、一つ一つの値段も高くなりますが、そこまで大した金額の違いはない、と自分にいいきかせ、お金を使い続けました。そしてそれをするためには、個々人の状況を把握していなければならなかったのですが、スターシップスコーヒーで皆と長い時間会話することで、その問題はクリアすることができました。
市民センターに通い出した当初、私は会議室にプライバシー確保のため、段ボールのついたてを置くよう手配してよいか、事務長に伺いました。事務長の答えはうやむやで、まるで段ボールを置いてほしくないかのようでした。はじめは理解に苦しみましたが、何度か通ううちに、会議室と体育館の、空調や床など他環境の不公平な部分を、ダンボールの有無で調整しているということに気がつきました。当然ですが、週末だけ通っている私より、毎日避難所にいるスタッフの方が状況をわかっていて、運営する責任もあるのです。私は一お手伝いであり、ただの部外者なので、スタッフの方を尊重し、また、少しでも邪魔にならないように動いていかなければと思いました。極力でしゃばらないように細心の注意を払って行動したことで、困ったボランティアさんにならず、毎回快く迎えて頂け、よかったと思います。
「支援」と一口にいってもさまざまなスタイルとレベルがあります。桜井さんのように、毎日8時間を週7日、避難所で過ごした方もいますし、少し炊き出しの配膳を手伝って、「ボランティアした」と言う方もいます。100万円を寄付する方も、100円寄付する方もいます。何度も泥出しする方もいれば、一度ダンスを見せて、「心のケアをしています」という方もいますし、Tシャツを買って「日本を支援した」という方もいます。チャリティーソングを売って「支援しています」と言う方もいれば、スタッフが倒れるまで炊き出しを続けた方、アートで何が出来るかを考えた方もいます。医療を仕事としてこなす方、買い物ツアーでやってきて被災地にお金を落としていく方、被災地ファンドを買う方、被災企業に外注を入れる経営者、たくさんの「支援の仕方」を見てきました。それぞれ、この大災害への想いの丈も、経済力、住む場所、融通のきく時間も精神的な余裕も違います。2万人が亡くなった大災害。遺族と私では捉え方がまるで違うように、これをチャンスと捕らえ、自分の宣伝や将来のキャリアアップのために奔走する人がいてもおかしくはありませんし、とても悲しいですが、何も感じない方が多いのも理解できます。自分の預金残高の数字が、見知らぬ東北の誰かに送るお金のために小さくなっていくのが嫌な人がいても、当然のことです。私は震災後しばらく、Tシャツを買って笑顔の写真をとって「Pray for Japan」とのたまう、「被災地を心配する心優しい人たち」や、経費をかけてチャリティーアルバムを自主制作してわずかな収益を寄付する人、「被災地を想って」つくったアート作品で展覧会を開いて収益を寄付しようとするような人々を批判していましたが、それは単に彼らの被災地(=被災地に住む人)との距離感の現れだったのだと、いまは思い、批判したことを反省しています。(ただ、私はそういう人を尊敬はしませんが)私はこれまで車を買ったと思ってある程度の金額を費やし、労力と時間もつぎ込みましたが、これが地元の連坊だったら、この程度ではないだろうし、私の年収がもっと高ければもっと使っているだろうし、低ければ使うお金も少なかったと思います。それぞれが支援するかしないか、どの程度支援するかは、その人の受けた教育や人を思いやる心よりも、経済状況と被災地との距離によって違うのだということを学びました。ですので、私は無理に寄付を募ることは止めました。寄付する気持ちと経済力のある人は何も言わなくても助けてくれ、寄付する気持ちも経済力もない人は、いくら心を込めて必死にお願いしても、寄付しないからです。(こんな簡単なことに気づくまで5ヶ月かかった自分はあまり頭が良くないのだな、とようやくわかりました 笑)
ところで、言うまでもなく、被災者は非被災者の私となんら変わりません。楽しみが無かったら自分で楽しみを見つけることができますし、コーヒーが飲みたかったら自分でコーヒーを淹れればいいのです。半端なレベルのエンターテイメントを提供している方は、被災者が自ら楽しみをみつけられないとでも思っているのでしょうか?私のみた限り、そのような方は見当たりませんでした。掃除や散歩、お喋りや絵など、それぞれ楽しみを見つけていました。遠方からお金をかけてバスで乗り込んで自分のやりたいパフォーマンスをするより、その経費と労力で、泥だしや片付けなどの「求められていること」をするほうが助けになります。しかし、彼らにその選択肢はありません。なぜならその方法では彼らがパフォーマンスすることができないからです。興味深いことに、たくさんの人が「領収書」やお金では無い利益を欲しがります。達成感や証拠、将来的な自分達の利益といったものです。商品や思想のプロモーションの一環であることも多々あります。自社製品のサンプルを「被災者支援」として配布する行為、支援物資と一緒に思想をまとめたパンフレットを配布する行為、スローガンを壁にはり、その写真を撮って自分の後ろにいる支援者にみせる行為など、典型的な例です。支援ゼロの状態よりはよいのでしょうが、ただ、私の好みの問題として、嫌悪感を覚えます。(これも彼らの被災者との距離の現れですが、利用されていることに単純に腹が立ちます。)もし私の母が避難所に1ヶ月、2ヶ月いたとして、「母の助けになりたい!」とTシャツを買ったり、歌をうたおうとするわけがありません(笑)もし母がいたとしたら、本当に必要な「お金」や流された「車」を身銭をきって贈り、頻繁に通うことでしょう。達成感や証拠は不要です。色紙にメッセージを書いてもらい、それを母親にもたせ、写真をとることなんて、ありえません。私が1回見知らぬ人達の前で歌うことで「心のケア」になるなどとは思いもつきません。もしマライアキャリーが私の部屋に来て、私だけに歌ってくれたとしても、それが心のケアになるとは思えないのです。心のケアとは自尊心を取り戻すことではないでしょうか?その為に必要なのは、お金と仕事ではないかと考えます。一般人が雇用創出のためにできることは、お金を使うことと被災地ファンドを買うことくらいですが、自分の調べた限りでは被災地ファンドはリスクが大きすぎ、損失金を考えると、その分で現地のラーメンを食べた方がよい気がし、みそ源によく立ち寄っています。
スターシップスコーヒーは、自分にとっても子供達にとってもあくまで遊びで、「支援」ではありません。ただ、スタシは私が毎週避難所に通う最高の「理由」であり、スタシのテーブルに集まる避難所の皆から「いま何が本当に必要なのか」を聴取できたことはプライスレスでした。また、スターシップスが結果的に、子供たちが「支援の対象」ではなく、唯一の「必要とされ、力を提供できる場」であったことは嬉しく思います。そして、何より、気兼ねなく話せる友人達ができたことが一番でした。
私がいま現在(8月24日)していることは、被災地にお金を落とすことです。震災直後は物資提供、5月~6月は炊き出し、7月は友人達との遊び(一緒に買い物に行ったり、料理を作ったり、飲み会を開いたりなど)、8月は被災地にある店舗で必要な物の購入し、必要とする人に渡す、と、徐々に変わってきました。 必要とされる支援、お手伝いは日々変わります。それを把握するためには、通い続けて生の状況を把握するか、わかる人に教えてもらうしかないのです。桜井さんに教えてもらった「でしゃばらず、状況がわかっている人に何が必要か教えてもらう」ことを続けていきたく思います。
最後に「なぜお金と労力を費やしてそこまで支援をするのか?」とたまに尋ねられますが、その時は「暇だから」と答えるようにしています。これは、桜井さんに私が同じ質問をした時、桜井さんが「近いから。」と答えたのを、盗ませて頂きました。
市民センターは無事、避難所解散を迎えることができました。もう通わなくてすむと思うと、嬉しい気持ちでいっぱいです。今後はここで知り合った友人達と、普通に付き合っていきたいと思います。
避難所のこと、手伝いとは何なのか、を何も知らなかった私に時には厳しくも、粘り強くご指導頂き、本当に有難うございました。
野崎さくら